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日本数学会

理事長からのご挨拶

社会の中の日本数学会

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日本数学会 理事長宮岡 洋一

あらゆる学問の中でも、数学は最古の歴史を持つものの一つです。実用の学としての数学はエジプト・メソポタミア時代から5000年、厳密な論理体系として数学でもピタゴラス学派以来2500年の歴史を有します。また数学には、他のどの学問にもない特権的性格があります。論理的に正しく証明された数学の命題は永遠に正しい。これは数学だけが持っている特性です。しかも抽象的な論理操作のみによって得られた数学の諸結果が、しばしば現実世界を正しく記述し、結果として社会の役に立っている。あらためて考えてみれば、これは実に不可解かつ奇跡的なことではないでしょうか。このような数学を自分が選んだことに数学者は誇りを持ち、自信をもって研究に邁進していただきたいと思います。日本数学会も、研究集会や出版・顕彰事業を通じて数学研究の発展に協力して参ります。

しかし同時に、数学者も社会の一員でありそれに伴う責任を負うことを時折自覚することも、お願いしたいのです。といっても、社会に有用な数学をやれといった短絡的主張をするつもりは毛頭ありません。研究が直接社会に役立つのであればそれに越したことはありませんが、教育活動などによって数学的思考とその意義を広く伝えることも、劣らず重要なことです。また社会において数学的に誤った議論が行われている場合、そのつど正していくことも数学者の責務でありましょう。

2011年、われわれは東日本大震災と福島原発事故という最大級の災厄に直面しました。そしてわれわれの生活の基盤がいかに脆弱なものであったかを知らされました。当然想定されるべき蓋然性がまったく考慮されていない、あるいは破滅的な結果に至るであろう事態を故意あるいは惰性から放置している、などとといった信じられない現実を、目の当たりにしました。

こうした状況を根本から解決できるのは、国民ひとりひとりの健全な良識だけです。しかし健全な良識というものは、先天的に備わっているわけではありません。家庭や学校、職場、メディア、といったさまざまな場における教育の結果、徐々に形成されるものです。

倫理・歴史・経済といった文系的要素を伝統的中核としてきた国民の良識ですが、高度な技術が随所に使われている現代社会においては、そのうち相当な部分は、基礎的な科学知識と、それを実地へ応用する際に必要な数学的思考とが占めるべきではないでしょうか。ところが残念ながら、今日の日本では、社会の指導者や一般国民がもっている科学知識や数学的思考力が決して十分なものでなかったことが、露呈してしまいました。その中でも特に、個々の知識やデータを統合して正しい判断を引き出す部分 ― すなわち数学的思考力が本質をなす部分― に大きな問題があるように見えます。

いいかげんな情報に一喜一憂したり、情報操作に簡単にだまされたりすることなく、複雑な現代社会を賢く生きるためのスキルとして、数学的思考をできるだけ多くの国民が身につけてほしいと考えます。日本数学会は、数学者集団として社会に対する必要な発言を行っていくとともに、市民講演会や数学通信といったさまざまなチャンネルを通じて数学とその教育の重要性を広く訴えていくつもりです。皆様のご支援をお願いいたします。

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